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@ 姫路城の縄張りと天守の種類
現在の姫路城を築いたのは「池田輝政」ですが、その選地(せんち:城を築く場所を決めること)にあたっては、三方が山に囲まれ、市川と夢前川の中央に位置し、交通の要にあり、城を築くのに最も適していたからだといわれています。
城の縄張りには、「梯郭式(ていかく:奥に進むほど高くなっている構造)」「連郭式(れんかく:大手から三の丸、二の丸、本丸と列になっている構造)」「環郭式(かんかく:本丸を中心に外側へ輪のように二の丸、三の丸が広がっていく構造)」「渦郭式(かかく:三の丸から渦巻状にぐるぐる回って二の丸、本丸にたどり着く構造で、別名、螺旋(らせん)式ともいう)」の4通りあります。
姫路城の場合、大天守を中心に南の平野部へ左巻きに渦を描きながら螺旋状に広がった螺旋(らせん)式縄張りです。これは、日本の城の中でも江戸城と並んで非常に珍しい縄張りだったそうです。
内濠の内側内曲輪(くるわ)は、天守閣から水曲輪、備前丸、北帯曲輪、西北腰曲輪(こしくるわ)、一段下がり乾(いぬい)曲輪、二の丸、上山里丸(かみやまさとまる)、西の丸、三の丸と左巻きの渦を描きながら低くなり計画的に縄張りされています。現在、残っている城郭がこの内曲輪にあたります。
中濠の内側中曲輪で、寺社や馬場を除いてすべてが武士の屋敷が建ち並んでいました。特に、城門の内には身分の高い武士が広い屋敷に住んでいました。これは、戦いになると屋敷に武士を集め、門への攻撃に備えるためだったそうです。
外濠の内側外曲輪で、ほとんどが商人や職人が住んでいましたが、城下町全体の守りを固めるため、外濠に近くに足軽や同心などを住ませていました。また、戦いになると武士たちを寺社に立てこもらせるため、周辺にあった寺社を強制的に外曲輪の内の東側(寺町)に集めたそうです。ちなみに、姫路城の縄張りの面積は約2.66kuだったそうです。
姫路市教育委員会 「姫路−お城物語」から
姫路城は、12月29日〜12月31日の3日間お休みします。
姫路城の登閣時間 9時〜17時(入城は16時まで)尚、6月〜8月は1時間延長。 
姫路城の登閣料 大人:600円、小・中学生:200円  
共通券 姫路城と博物館・美術館の共通券
大人:800円、高・大学生:720円、小中学生:320円
姫路城と好古園の共通券  大人:720円、中学生以下;280円
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